大判例

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仙台高等裁判所秋田支部 昭和31年(う)106号 判決

原判決挙示の証拠によれば優に原判示事実即ち被告人は原判示日時原判示の如き理由から男鹿市脇本百川字夏張五十三番地所在の佐藤亀助所有の馬小屋南側に接して建造されている下屋内東側熨斗板に立てかけてあつた枯松枝束の葉に所携のマツチで点火して放火し因つて右亀助所有の同人及びその家族の現住する木造トタン葺平家建住家一棟ならびに右建物に隣接する被告人の叔母佐藤ソノ所有にかかる同人の現住する住家一棟を焼燬したこと而して被告人は右犯行当時多量の飲酒をなしたために心神耗弱の状態にあつたことをそれぞれ認定しうる。

所論は被告人は右犯行当時心神耗弱の状態ではなかつた旨縷々主張するけれども被告人の検察官に対する供述調書、原審証人佐藤茂子の供述等によれば被告人は本件犯行当日、青森駅ホームで清酒四合を飲み次に追分駅において焼酎四合入一本を買いこれを車中で約半分位飲み、帰宅後その残りを飲んだ後更に焼酎三合五勺を買いこれを大半飲んだことが認められるのであるから本来ならば相当程度酩酊していたことは明らかである。此の点につき所論は被告人は大酒家であり且当日は午前六時半頃から飲み始め延々十二時間半位にわたり飲酒したものであるから泥醉の程度に近く酩酊したわけはないと主張するので按ずるに該所論は一理なしとはしないのであるが、飲酒量、飲酒時間のみで精神障害の事実の有無を決しえない場合もこれあるべくこれを本件の場合について考えるに飲酒後の被告人の後述の如き諸行動を勘案すると所論は必ずしも肯認しがたいものがあるので以下その理由を述べることにする。まず被告人の司法警察員及検察官に対する各供述調書によれば被告人は飲酒後被告人の妻サメが叔父の佐藤信造と性的関係があるものとの邪推に陥り右信造を痛く恨み、被告人の酩酊を嫌い且難を避けて外出した妻を被告人の実家である佐藤亀助や叔父佐藤信造がぐるになつてかばうものと思い腹を立てゝ隣家の実家に行つて見ると厩前出入口の戸が閉めてあり手をかけたが開かないので太い奴だ火でもつけて自分も死んでしまうと決心して一旦自宅に引返しマツチを持出して来て原判示の如く放火したと供述しているのであるが原審検証調書によれば厩と直ぐ南側に下屋の土間との境には六尺幅(東西)の引板戸を立てゝいてこれから外へ馬を出し入れしていたのでありこの板戸に施錠、戸締り等があつたことは窺いえないのであつて、このことから既に被告人は当時相当酩酊しており戸締の有無、又は戸の存する場所等日常経験していることについても錯誤に陥つていることが認められること、而して司法警察員に対する佐藤健吉及び佐藤金春の各供述調書並びに検察官及び司法警察員に対する被告人の供述調書によれば被告人は放火後亀助方が盛んに炎上し附近の人々が火事ぶれをし消火又は自己の家屋に対する延焼予防に躍起となつている矢先亀助方前道路の堰よりの路上に手枕をしぢつと寝ていたことが認められること、また原審証人高橋チエ、同高橋笑子の供述によれば被告人は放火後樽沢駐在所に自首に赴く途中道路においても「燃えれ燃えれうんと燃えれ」等放言していたことが認められること、更に原審証人高橋キミの供述によれば被告人は駐在所において高橋巡査の妻キミに対し俺が火をつけたから早く縛つてくれと云つて手を揃えて出し本当に俺が放けたから早く縛つてくれと云つたこと、また被告人の家も焼けたかと問われたのに対して今頃焼けたべ、アバ(妻)も子供達も今頃焼け死んだべ、いゝ気味だ等同じことを何回も繰り返して言つていたこと等が認められることを綜合して考えると被告人は犯行当時原判示の如く泥醉状態に近い酩酊をしており、その精神障害の程度は刑法第三九条二項にいわゆる心神耗弱の状態であつたものと認められる。従て原審が右法条を適用したのは洵に相当であり此の点に関する所論は採るをえない。而して所論指摘にかゝる原審証人高橋キミの供述等によつては輙く右認定を覆えすに足りない。論旨は理由がない。

(裁判長裁判官 松村美佐男 裁判官 大島雷三 裁判官 松本晃平)

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